テレフォンアポイントや飛び込みでの営業活動を経験したのち、有限会社石井製作所の一員となった石井信助。2021年には代表取締役に就任して会社の先頭に立った石井の、今日までの歩みはどのようなものだったのだろうか。

新規営業でコミュニケーション能力を養う

大学卒業を間近に控えた頃、日本はいわゆる就職氷河期を迎えていた。工学部で専門知識と技術を身につけても、正社員としての道はなかなか開けない。多くの友人たちが派遣社員として社会に飛び出していく一方で、石井の胸にあったのは「いつかは何らかのかたちで事業を経営したい」という思いだった。その夢を叶えるためにコミュニケーション能力を磨きたいと考え、選んだのは営業職。

こうして社会人としての生活が幕を開けたが、待ち受けていたのは険しい道のりだった。ひたすら電話をかけ続けてアポイントをとったり、街中を歩きまわって飛び込み営業をしたりと、個人のお客様をターゲットとした営業活動は難航を極めた。話を聞いてもらうことすらままならず、ガチャンと受話器を置かれてしまったり、ドアを開けてもらえなかったり……毎日がその繰り返しだった。それでも相手に与える第一印象や話の進め方に工夫をこらし、少しずつではあるが着実に契約へと漕ぎつけていった。

そして、営業活動をはじめてから半年ほど経った頃、大きな転機が訪れる。当時、石井製作所の社長を務めていた人物から、「会社を手伝ってほしい」と声がかかったのだ。聞けば、新たにレーザー加工機を導入するにあたり、操作ができる人材を探しているという。そこで石井に白羽の矢が立ったのだった。

いざ、石井製作所へ

しかし、石井製作所への入社を即決したわけではない。当時の石井製作所は休日が少なかったことに加え、親戚の経営する会社へ入社するのは、石井にとってプレッシャーでもあった。寄せられる期待の大きさを思うと、思い切って踏み出せなかったのだ。すると当時の社長は、なかなか首を縦に振らない石井にこう打診した。

「レーザー加工機のメーカーを、一緒に見学しに行こう」。そうして神奈川県の工作機械メーカーを訪れた石井は、そこでレーザー加工機を目にしたとき、なぜだか心が動いたという。「おもしろそう」「自分にもできそう」、そんな思いが膨らみ、背中を強く押された。こうして1999年(平成11年)1月、石井は次のステージへ向けて動き出したのだ。

それまでパイプ曲げ加工をメインとしていた石井製作所にとっても、これは大きな転換期であった。レーザー加工機の導入により、「板の切断」という新規事業がスタートしたのである。

レーザー加工機の導入は、有限会社石井製作所にとって非常に大きな決断であった。仕事は継続的に受注できるだろうか、投資に見合うだけの利益は出るだろうか……新規事業に携わる者として、心の片隅にそんな懸念を抱えつつ、石井信助の挑戦がはじまった。

新規事業を軌道に乗せて

石井製作所には「営業担当者」がいない。それはすなわち、納品する商品の仕上がりが、今後の仕事の有無に直結するという意味でもある。高い品質を維持するのはもちろんだが、石井には心がけたことがある。それは、「できる限り多くの相手と顔を合わせること」だ。商品がお客様のもとに届くまでには、取引先の経営者や営業担当者だけにとどまらず、運送業者など、多くの人々が存在する。その一人ひとりの顔を見て言葉を交わし、少しでも石井製作所の名前が印象に残るよう努めたのだ。前職で培ったコミュニケーション能力が活きた瞬間である。

石井の努力は実を結び、口コミで仕事は広がっていく。リピートのお客様も多かった。清水の舞台から飛び降りるような気持ちで挑んだレーザー加工機の導入は、見事に成功を収め、現在では石井製作所を支える柱となっている。

社長として、次のチャレンジへ

その後も一つひとつの仕事、一人ひとりのお客様に真摯に向き合い、歩みを進めてきた石井。2017年頃には、社長就任を見据えて取締役に就任。2021年6月に社長職を引き継ぐと、次の一歩を踏み出した。コロナ禍の只中において、新たな挑戦が幕を開けた

のだ。
「社長就任は、もちろん誇らしく喜ばしい出来事です。ですがその一方で、およそ30名の従業員とその家族の生活が自分の肩にかかっていると考えると、身の引き締まる思いもしました」。新型コロナウイルス感染症の影響で、世の中は大きな変化を余儀
なくされた。経済も甚大なダメージを受け、不安材料は数知れない。
そのような状況でも受注を重ね、迎えた2022年5月末、はじめての決算。安定した売り上げと利益が目に見える数字として表れ、石井はほっと胸を撫でおろした。
まずは最初の一年を、乗り切ることができたのだ。

これからの石井製作所

刻々と移り変わる社会の中、石井製作所は今後どのような道を進んでいくのか。これからの展望について、石井はこう語る。「従業員や売り上げを大幅に増やして会社の規模を拡大するつもりは、正直なところありません。けれども将来的には、点在している工場を集約して一つの大きな工場にしたいと考えています」。目指す未来を実現するために大切なのは、何事も諦めず、挑戦してみる姿勢だ。挑む前から諦めて背を向けることは、性格的にもどうしてもできないという。また、それとともに石井は、「相手を思いやる心」にも重きを置きたいと考えている。お客様やともに働く仲間、そして家族。自分を取り巻くあらゆる人に対して思いやりの心を忘れず、あたたかみのある関係を築いていきたいと心から願っている。

さらなる高みへ

石井は約30名の従業員たちに対し、「石井製作所という枠を飛び越えて、自分自身の人生を充実させてくれれば幸いです」とメッセージを送る。目の前の作業に黙々と取り組み、ものづくりに打ち込むのは大切なこと。だが、それだけではなく、仕事を通して自分自身の成長にも目を向けてほしいと考えている。時代の変化にともなって、製造業の在り方も少しずつ変わっていく。従業員それぞれが柔軟な考え方を身につけてスキルを磨き、どのような社会でも通用する人材として成長を遂げれば、一人ひとりの人生はより一層豊かになるはずだ。
日々それぞれの場所で力を尽くしてくれる従業員たちに、深い感謝の気持ちを抱いている石井。だからこそ、皆が成長し、実り多い毎日を過ごしてくれることが何よりの望みだという。そんな思いで今整備を進めているのが、人事評価制度でもあるのだ。これからも従業員とお客様に寄り添い、石井は前進を続けていく。その活躍に、より一層の期待が高まる。